黒柴ひめちゃんの葛塚村だより3

上野国山上・葛塚城堀之内に住んでます。ひめちゃんとおかあさんの見て歩きです。時には遠くにも出かけます。

真夏の善光寺 続・瑞穂春海の記憶を尋ねて

雨雲レーダーは、しばらく雨は降りません。

玄関を出ると、霧雨以上の雨です☔

ひめちゃんは、貧乏カッパを着てお散歩です。

おかんのスマホの雨雲レーダーは、どこの桐生市の予報をしてるのでふかね( ˘︹˘ )

道沿いの遅っこけて田植えした田んぼ、水が抜いてあります⊙.☉

持ち主は、田んぼの土用干し効用を知ってるのかな?

それにしても、最近お散歩で行き会うワンコがいない(˘・_・˘)

何か異変があったのかな?

 

 

(7月27日、善光寺釈迦堂通りを蓮華院目指します。)

世尊院の隣は、目指す蓮華院です(*^_^*)

弁財天堂に、「ご自由に御参拝ください😊」

弁財天に参拝ですO(∩_∩)O

合掌(❁´◡`❁)

弁財天の由来もあります。

元々は戸隠神社九頭龍神社のかつてのご本尊(本地仏)だったのです⊙.☉

 

ご利益は数知れず、私たちの願いが叶うよう遍くそのお力をお示しになります。とりわけ、金運・財運・商売などの繁昌、出世や開運、子宝恵与、事業の繁栄、また無病息災、健康長寿、諸難消除、さらには妙音天や美音天といった異名があり、芸能、音楽、諸芸等が代表的なご利益になります。また水神様であることから、農業や漁業をはじめ「水」にかかわる多くの方の信仰も集めています。

 

映画監督・瑞穂春海さんには、この八臂弁財天の大きな御利益があったのでしょうO(∩_∩)O

 

声をかけて、御朱印をいただきます(*^_^*)

御朱印は書置きのみでした。

 

「こちらは、瑞穂春海さんという映画監督が晩年住職をしていたんですよね。群馬のあるお寺で、『蓮華院は遠い親戚なので、ぜひ行ってごらん。』と勧められてきました。」

反応は「?」

「法統は替わられたんですか?」

「ハイ。」

「宿坊蓮華院再開のお知らせ」をいただきました。

法統は代わっていたのです⊙.☉

宿坊再開の案内、龍昌院の和尚さんの分もいただきます😊

蓮華院に瑞穂春海の記憶はなかったけれど、ご利益ありそうな八臂弁財天に参拝できましたO(∩_∩)O

龍昌院の和尚さん、ありがとうございます。

またそのうちに伺います(*^_^*)

 

 

釈迦堂通りを北に進みます。

 

 

 

 

 

 

振り返って、釈迦堂通りです😊

瑞穂春海さんの記憶はなかったけれど、歩いてよかった釈迦堂通りですO(∩_∩)O

 

行く手には、善光寺鐘楼が見えます😊

左折して、山門前に出ます😊

 

左手には、仁王門と仲見世通りが見えます。

帰りは仲見世通りを下りましょう😊

 

駒返り橋を渡って、お寺カフェで一休みします(*^_^*)

蓮の花が咲いてます(❁´◡`❁)

 

 

(つづく)

真夏の善光寺・瑞穂春海の記憶を尋ねて

ひめちゃんは、赤柴の超老犬・プーちゃんがいた小屋の前を通って、堀之内の西を歩いてきました。

ミーナちゃんも、プーちゃんもいなくなってしまって寂しいでふよ(˘・_・˘)

2~3年実っても刈り取られることなかった田んぼ、少し成長しているようです。

今年は刈り取ってもらえるといいでふね😊

赤城山は、すっきり見えません。

今日も酷暑かな?



 

先日、伊与久の龍昌院を訪問して、いろいろ話が弾みました😊

その中で、善光寺に行って来たと報告しました。

すると、「また行くなら、蓮華院(れんげいん)に行ってごらん😊」と勧められました。

「遠い親戚で、母はよく行っていたよ。瑞穂春海(みずほしゅんかい)という映画監督が、晩年住職をしていたんだよ😊 スマホで検索してごらん。」

高校の大先輩の和尚さんは、八十代半ば、でもスマホを使いこなしているようです(*^_^*)

 

検索すると、

戦中から戦後にかけて活躍した映画監督・脚本家(1911~1995)で、晩年は実家の善光寺宿坊・蓮華院で住職をしていた。

 

泊まらないけれど、今度行くときは寄ってみます😊

 

 

7月27日、前回と同じルートで長野駅まで行きます😊

先ず上毛電鉄のパークアンドライドを利用して、最寄り駅に駐車です。

 

あれ、お散歩の黒柴ちゃんがやって来ます(❁´◡`❁)

ちょっと白髪交じりです。

「おはようございます😊 何歳ですか?」

「14歳の男の子です。」

「あれ、うちの子と同い年だ。酷暑だけど、頑張ろうね😊」

 

夏休みで電車は空いていると思いきや、さほど空いていません(˘・_・˘)

高校生のみなさん、学校か何かに用がるようです。

西桐生駅から桐生駅まで10分ほど歩きます。

 

今回は券売機で、うまく往復の切符が買えました(*^_^*)

両毛線高崎行きに乗車、高崎駅で新幹線ホームに出ます。

金沢行きの「はくたか」も隣のホームから出るんだ(❁´◡`❁)

自由席は1号車から4号車なんだ😊

そのうち金沢までいってみたいなあ(❁´◡`❁)

 

さほど待たずに、あさま603号がやって来ます😊

今回は、定刻に長野駅到着です(*^_^*)

 

地図を眺めて、蓮華院などの宿坊のある通りは、もしかしたら電車の方がいいかも😊

善光寺口を出て、長野電鉄→に従って、長野電鉄の駅に出ます。

各駅停車の須坂行きに乗車です。

 

3つ目の駅が善光寺下です。

ちょっと暗いかな(˘・_・˘)

地上に出るのに、エレベーターもエスカレーターもない.·´¯`(>▂<)´¯`·. 

 

子供たちが元気に、駅スタンプを押してます。

記念に混じって、善光寺下駅・駅スタンプをゲットです😊

あとはひたすら階段を登ります。

今度は「ぐるりん」(周遊バス)にしよう😊

 

人の流れに乗って歩きます。

ストリートビューの記憶では、ここからほぼ真っすぐだったような。

途中ヒトの波もまばらになり、ちょっと不安(˘・_・˘)

 

 

スマホナビで確認して、仲見世通りの東の細道(釈迦堂通り)に入ります。

右側に宿坊が並んでます。

前回は余裕がなくて、全然気にしてなかったけれど、それなりの人出はあるようです。

 

 

まず玉照院です。

 

円乗院です。

 

威徳院です。

なんとなく宿坊の雰囲気を学習です😊

 

 

あれ、幟が出ていてやる気満々の雰囲気の宿坊があります(*^_^*)

世尊院釈迦堂です。

合掌(❁´◡`❁)

御朱印をいただきましょう😊

 

いただいた御朱印です。

 

早川物語で香林火雷神社の摩利支天の幟が印象に残っていました。

寝釈迦と摩利支天の御朱印をいただきました。

 

そうそう、ここには「花の池」があったのでした。

しっかり確認する予定だったのに、忘れました.·´¯`(>▂<)´¯`·. 

門脇の案内板だけしっかり映ってます。

善光寺本堂は、今の延命地蔵の所にあったのですって⊙.☉

如来様への閼伽の水として使われていた井戸だったのです。

残念、またの機会に😊

 

 

(つづく)

早川物語総集編・第18章 早川に架かる赤い橋(曲沢八幡宮、下田橋、結婚の森)

ひめちゃんの夕方散歩は、午後6時過ぎでないと出かけられません。

でも暑いし、でもうかうかすると薄暗くなるし(˘・_・˘)

いつもの南回りのコースですけれど、シロ君ちに寄ろうとすることはなくなりました。

しっかりシカトして通ります。

発情期は完全に去ったようです😊

 

早川物語総集編・第18章は、2022.09.24の記事です。

この頃は、ムーハウスの黒柴家族は、ひめちゃん&タバサねーちゃん&小次郎パパの3名でした(*^_^*)

16歳と2か月になっていたパパは、お散歩に出る娘たちを見送って、ミニドッグランで待機です。

 

この日、娘たちは天神田(字・天神の田んぼ)を歩いてきました。

上野国山上(こうずけのくにやまがみ)は、実りの秋を迎えようとしてました。

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、ケンくんちに寄りました。

懐かしいね(❁´◡`❁)

 

 

 

(2022.09.22)

国定(くにさだ)の秋葉神社からの帰り、路上駐車した所の細道を道なりに帰ります。

kuroshibahime.hatenablog.com

 

しばらく走行すると、なんとなく左側に森があって、何かありそうな雰囲気です😊

細道を左折します。

あれ、行き止まりです.·´¯`(>▂<)´¯`·. 

ゴウゴウと流れる川があります⊙.☉

 

川上に、赤い橋があるような?

左(下流)には行けそうです

 

橋の名は下田橋、川は早川です(*^_^*)

 

新里の奥沢の山奥から流れ出した早川は、さらに旅を続けて、旧新田郡尾島町の堀口(太田市堀口町)で利根川に合流します。

 

まだまだ長い旅が待っているのです。

 

早川の流れを辿った記事は、はてなブログ「黒柴ひめちゃんの葛塚村だより3」「続・黒柴ひめちゃんの葛塚村だより3」、FC2ブログ「黒柴ひめちゃんの葛塚村だより」にあります😊

なので、総集編を編集中です(*^_^*)

 

思いかげずに、早川物語です(*^_^*)

 

橋を渡らずに何となく左折、駐車場があります。

結婚の森ですって⊙.☉

 

ここは、旧佐波郡赤堀町(伊勢崎市赤堀町)でした。

そういえば、あの建物も、あかぼり蓮園の隣の磯沼公園にあったトイレと似ています。

 

さっきの道に戻り、北上続けます。

あれ、不思議な形の鳥居です

一番大きいのが八幡宮、隣は天の文字が見えるので天満宮かな?

早川沿いのパワースポットです😊

 

しばらく行くと行き止まりです。

左折して早川を渡ります。

橋の名は向野橋、向こう(下流)に赤い橋が見えます。

 

行ってみましょう。

 

薬師橋ですって⊙.☉

まるで参道です😊

もしかしたら参道かな?

ゴウゴウと流れる早川です。

橋を渡ってみたいけれど、又の機会にしましょう。

奥に薬師様が祀られているのかな?

そのうちに、タバサねーちゃんと来ましょう。

 

さっきの下田橋に出ます。

今度は右折、西に進路を取ります。

早川に架かる赤い橋、多分唯一の赤い橋を見ながら帰ります。

 

この辺りは桜も紫陽花もあるし、また時期を見計らってタバちゃんと来ましょう(*^_^*)

 

 

結局、タバちゃんと再訪はかないませんでした/_ \

タバサねーちゃんは、車の中でもよいこでお座りして居られるし、人にもおおらかに接し、人間のお出かけの良きパートナーでした(❁´◡`❁)

ひめちゃんと行けるといいね😊

 

 

初稿  2022.09.24 続・黒柴ひめちゃんの葛塚村だより3

改稿  2026.07.30

早川物語総集編・第17章 大正用水が合流

ひめちゃんは、6時少し前にお散歩に出ました。

気温はちょうどいいけれど、日差しが強烈になってきました。

久しぶりに、赤城山がはっきり見えます😊

14歳のひめちゃん、無理をせず、ご近所散歩で帰ります。

 

元記事(2018.04.25)の頃、七海ママも14歳でした。

ひめちゃんとタバサねーちゃんの娘2人とお散歩を楽しんでます(*^_^*)

この頃はまだ、貧乏カッパは出現してなくて、雨の日はレインコートだったようです。

ママのかわいいレインコート姿です(❁´◡`❁)

 

ママは、ひめちゃんがいくつになっても、守ろうとしました😊

 

 

 

第17章 大正用水が合流

新里を流れる早川は水量が少ないです。
でも、新田の早川は大河です。
同じ川だと知るまでに、だいぶかかりました/_ \


国道17号線(上武道路)に乗るために南下する道に、大正用水の表示があります。
さほどの大河でもなく、気になりだしたのは最近です😊
長い間気にせずに通過していました。

旧赤堀町、「香林の如意輪観音」の南西方向になります。


大正用水は大正時代に県議会で作ることになったけれど実行されず、実際に完成されたのは戦後ということです。
水は利根川の板東大堰(北橘)から取り入れて、赤城南面を東に流れ赤堀町香林で早川と合流するとのことです。
そうすると、大正用水の終点付近をよく通っていることになります😊


国道17号線(上武道路)に乗る時は、この道を南に下ります。

気にしなければ、なんと言うこともなく通過してしまう、いい道です😊


今日は通過せず用水にそって、左折してみました(*^_^*)

少し行くと、道は行き止まりです-O-


左から流れてくるのは早川です(*^_^*)

上流は工場群でしょうか?

 

大正用水が、早川に流れ込んでいます😊

早川は、大正用水の落とし処になっていたのです(*^_^*)

 

また、早川はしばらく先で、岡登用水・鹿分流の落とし処にもなっています(*^_^*)

 

新里の山奥・奥沢から流れ出した早川は、大きな役割も果たしながら、堀口(旧尾島町堀口)まで長い長い旅を続けて、利根川に合流するのです(*^_^*)


隣に「赤堀村上水道」とあります。

門が閉まっているので、何度も切り返してUターンして、やっと脱出です。
何とか、元の道に戻れました(*^_^*)

 

初稿  2018.04.25 

    FC2ブロブ 黒柴ひめちゃんの葛塚村だより 「大正用水が合流」

改稿  2026.07.29

早川物語総集編・第16章 香林火雷神社

ひめちゃんは、赤柴の超老犬プーちゃんの小屋前を通って、堀之内の西を歩いてきました。

この道は何となく寂しいでふ(˘・_・˘)

そうだね、ミーナちゃんもプーちゃんもいなくなっちゃったね/_ \

 

堀之内の西、実っても刈り取られることなかった田んぼ、一応田植えされたね😊

でも、成長はしてないみたいでふよ(˘・_・˘)

 

薬師堂の前を通って帰ります。

細い道ですけど、どこかに行く近道なのでしょう。

大きな車がスピードを落とさずに入ってきたり、外国人運転の車も入ってきます。

ひめちゃんは、側溝の上でジャンプ😊

なかなか決定的瞬間、撮れません(˘・_・˘)

でも、少し浮いてるかな(*^_^*)

 

 

 

第16章 香林火雷神社

 

今日(2020.09.10)、動物病院にひめちゃん達用のフイラリアとノミダニ予防のお薬をもらいに行った帰り、いつもとは違う道に何となく入りました。

 

川が流れています。

早川だ(*^_^*)

ちょっと駐車しにくいなあ/_ \

まあ、いいか、パスします。

 

まもなく、摩利支天の赤い旗がいっぱいはためく神社があります😊

摩利支天の赤い旗に誘われて、急遽参拝です(*^_^*)

 

村社・火雷神社(伊勢崎市香林町、旧佐波郡赤堀町香林)です。



左の狛犬の向こうに、何本も摩利支天の旗が見えます😊

何本も元気にはためいていると、ご利益ありそう(*^_^*)

5本の幟で「山上多重塔を再度国宝に」と目指す新里文化財保護協会のみなさん、やはり5本では少ないですよ.·´¯`(>▂<)´¯`·. 

 

摩利支天の説明板もあります。

ちょっと見にくいですけど、開運・勝負の神という事かな?

2礼2拍1礼です😊

 

 

隣は八坂神社です。

八坂神社って、健康の維持・増進の神様だったんですね⊙.☉

1礼😊

 

境内社もたくさんあります。

みなさんに1礼😊

 

 

拝殿で2礼2拍1礼です😊

拝殿前に、神社の説明板です。

大きいので、三分割です。

雷の通り道に神社を建てて怒りを鎮め、その恵みの雨をもらうのですね😊

 

香林の由来もあります😊

香りとは松のかおりであり、松の大樹が多かった地方であり、松の香り高く林をなしたことが、香林の由来とされています。

 

赤堀文書が取り上げられてます。

正平六年(1351)、赤堀氏の一族・香林時秀に香林郷が安堵されたとあります。

赤堀さんは、藤姓足利氏ですよね。

山上氏と近いご親戚ですよね😊

 

 

あれ、さっき早川を渡りました⊙.☉

ここは藤姓足利氏の本拠・淵名から早川沿いに上ってくるとすぐです⊙.☉

そして、もう少し上ると、山上の東に出ます😊

あれ、山上氏は、早川沿いを遡って山上にやって来たのかな?

藤姓足利氏なんていうから、足利からきたようなイメージがあるけど、淵名が元々の本拠地だもの、早川を遡ってきたという方が納得ですO(∩_∩)O

 

 

じゃあ、さっきの早川を確認しなきゃO(∩_∩)O

 

急いで戻ります。

この道の奥が火雷神社です。

下流は工事中です。

 

上流の水は少ないようです。

 

橋の名も「こうばやしはし」です(*^_^*)

 

早川は、ここでもけっこう重要な川のようですO(∩_∩)O

早川を見たら、手抜きはいけませんね(*^_^*)

 

 

初稿  2020.09.10 早川物語番外編6(香林火雷神社)

改稿  2026.07.25

 

早川物語総集編・第15章 菊と龍の金山神社

朝から猛烈な日差しです。

こんなに暑い夏なのに、ナスの生育はいまいちのようでふよ⊙.☉

どこもナスは小さめで、あまり成長してない感じです(˘・_・˘)

雨が少なかったからかなとも思いますけど、最近はしっかり降ってるし(˘・_・˘)

 

最近は、デナ親子にあいませんでふね/_ \

そういえば、いつも行き会って「アタチの方が強いのよ、ワンワン(*^_^*)」て、やっていたのにね。

どうしたかな?

 

ご近所散歩ですけど、いつもより北に足を延ばします。

使われていないビニールハウス前に、元気な夏の花です😊

おかあたん、来年はこんな花を植えませうでふよ(*^_^*)

久々にここを通りますけど、「いるのかな?いないのかな?」という廃屋まがいの家が数軒あります.·´¯`(>▂<)´¯`·. 

限界集落に近づいているのかも.·´¯`(>▂<)´¯`·. 

 

 

 

『笠懸村誌・上巻』(昭和60年)の付録に、「西鹿田村絵図」があります。

画面中央の赤い線が、だいたい現在の県道291号線になりそうです。

左上から、早川が流れています。

左中央からやってくる道が、香林の如意輪観音からの道です。

交点の左上に、長昌寺があります。

 

道の東に神社があります。

絵図には、「金山大権現」とあります。

現在の金山神社です。

 

 

初めて寄ってみます😊

県道に鳥居があって、駐車場もありますけど、ちょっと奥まで失礼します。

奥の駐車スペースに、ちょっと失礼します。

 

 

すぐ前に、蚕影神社です。

かつては、養蚕が盛んだったんですね😊

2礼2拍1礼です😊

 

 

さて、金山神社の社殿の方に、参道を登ります。

遊具もあって、地域の子ども達が遊べる空間も提供しています(*^_^*)

 

なかなか風格のある社殿です。

 

由緒書きが刻まれていますけど、ちょっと判読が難しいです

祭神は、金山比古神と金山比売神かな?

近隣のたくさんの神社を合祀しているようです。

でも、なぜここに金山神社なのでしょう?

鉱山があったのかな?

鍛冶屋の人達がいたのかな?

 

子ども達の遊具とコラボできそうな、狛犬です

 

伊勢大神宮参拝記念?

そういえば、親の実家の半兵衛さんは、伊勢参りに行ってきた記念に.。上江田龍得寺の鐘楼門を寄進したそうです😊

kuroshibahime.hatenablog.com

江戸時代、伊勢参りも結構行われていて、帰ってきたら、近所の寺社に何か記念に寄贈するものだったのでしょう😊

 

拝殿には、何故か菊の紋章があります⊙.☉

ひとまず、1礼です😊

 

拝殿前から、鳥居を望みます。

あの鳥居の前の道(県道291号線)は、何度も通っています。

今まで、全く神社の存在に気づきませんでした(˘・_・˘)

 

社殿の廻りを一回りします。

石宮様は、少ないです。

中に合祀されているのかな?

本殿も難く閉ざされています。

 

あれ、龍がいる⊙.☉

御利益がありそうな、菊と龍の金山神社です(*^_^*)

もう一度、心を込めて、2礼2拍1礼ですO(∩_∩)O

 

 

初稿  2020.06.05 早川物語番外編 菊と龍の金山神社

改稿  2026.07.23

 

早川物語総集編・第14章 新川善昌寺末・久永山長昌寺

ひめちゃんは、基本的に、夕方は南の方にお散歩です。

いつも、猫と一緒にお散歩している、杖を突いたおじさんに会います😊

昨日の事、ひめちゃんの姿を見た猫は、どこかに消えました。

「こんにちは! 猫がどこかに行っちゃいましたね。」

「田んぼの中だよ。」

「ええッ、泥んこになっちゃいませんか⊙.☉」

「今は土用干しと言って、田んぼの水を抜いてあるから大丈夫(*^_^*) 地面が乾いて割れて空気が入ると、稲の根が元気になるっていうんだよ(*^_^*)」

「そうなんですかo(^▽^)o」

 

田んぼにも土用干しがあるということを、初めて知りました(*^_^*)

今朝のご近所散歩、よく管理されている田んぼには、水がありません(*^_^*)

 

 

ひめちゃんたちのパパ、小次郎パパの20回目のお誕生日がもうじきやってきます(*^_^*)

元記事の頃、2020年6月のパパです。

パパの舌斑は子供達には遺伝しませんでした。

七海ママもまだ元気でした😊

 

ひめちゃんは、お散歩の帰りに、ケンくんちに寄るのを楽しみにしていました❤️

ひめちゃんは、ケンくん大好きでした❤️

 

 

 

久しぶりに早川物語総集編です。

先日の大雨、伊勢崎市付近を流れる早川の水があふれたというニュースもありました(˘・_・˘)

 

第14章  新川善昌寺末・久永山長昌寺

(2020.06.02) 

早川を西原橋(にしのはらはし)で渡って、西鹿田(さいしかだ)の信号で左折、北上します。

まもなく、長昌寺に到着です。

山門の先には本堂です。

あれ、瓦葺きだ⊙.☉

本堂前で合掌😊

長昌寺については、検索してもほとんど資料がありません。

『笠懸村誌・上巻』(昭和60年)に、茅葺きの本堂の写真と供に少しだけあります

長昌寺は、天台宗善昌寺(現新里村新川)の末寺、天元元年(978)字寺内に創立したと伝える。開基は慶範、寛永二年(1625)忠慶和尚が中興開山した。開基は旗本久永源兵衞であり、寛永二年とされている。天保十年(1839)正月焼失したが、次ぐ年再建された。本尊は聖観音菩薩である。

 

新川の善昌寺の末寺なんだ⊙.☉

そういえば、善昌寺と長昌寺、昌の字が共通だ😊

中興開基が、旗本久永氏なのですね。

だから、久永山長昌寺なんですね。

 

本堂下に、お地蔵様です。

お地蔵様が3体、どうも六地蔵の半分のように感じられます。

 

本堂脇に、本堂大改修祈念碑がありました。

村誌が刊行されてまもなく、大改修だったのです。

「天台宗開宗一千二百年、長昌寺開創一千十年」とあります⊙.☉

 

本寺の本寺・世良田長楽寺は、江戸時代の初期に、天海によって無理矢理に臨済宗から天台宗に改宗させられたんだけどなあ?

 

 

本堂の後ろには古墳があるということです。

行ってみましょう😊

 

あれ、双体道祖神だ(*^_^*)

いつ頃の物だろう?

近くに街道があるかな?

 

古墳の説明板があります。

この説明板があるのが、A号古墳ですね。

庚申塔がいっぱいあります。

百庚申塚、ふさわしい呼び名です

 

そのまま行くと、B号古墳の裏に出てしまいます。

説明板にあったように、歴代住職の墓が建ってます。

正面に廻ります。

大きくりっぱな和尚さんの墓です。

左に見える山は、新里の新川・熊野神社のある森ではありませんか?

善昌寺はあの山の左前方です😊

 

大きくりっぱな和尚さんの墓ですけど、お一方だけ違う方がいます。

普通に考えると、中興開山さんの墓標になりそうですけど。

まあ、とにかく合掌😊

 

 

この時節、「御朱印を😊」というのは遠慮しておきましょう。

駐車場に戻る途中、本堂下のお地蔵様、とても優しそうでした(*^_^*)

また、お会いしましょう😊

早川がすぐ近くを流れていたのですね(*^_^*)

 

昨年だったかな?

ちょっと寄る機会がありました。

和尚さんの姿が見えたので、「御朱印、出ますか?」

「今はダメです。」

 

長昌寺は、宝暦5年(1755)開創の新田三郡・勢多・山田「準四国八十八ヶ所」の3番札所なのです。

 

 

 初稿 2020.06.04 早川物語番外編 新川善昌寺末・久永山長昌寺

 改稿 2026.07.21